第四章

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「だから、ここに引っ越してきたんですか?」 「うん。約束したんだ。大人になったらまたここで見ようなって。実現しなかったけどな、俺の所為で」  この、古くて日当たりも悪いマンション。ここを選んだわけは、それだったのか。父と再会できていたら、約束を果たそうとしていたのだろう。 「一緒に見るのが父さんじゃなくて僕で、」 「凪でよかった。凪と見れて嬉しい」  あまりにも嬉しそうに笑うものだから、僕は胸が痛くなってうつむく。 「凪がそんなに喜ぶとは思わなかった。凪ちゃん冷めてるとこあるからさあ」 「いや、それは……花火、あんまり近くで見たことなかったから」 「そんなことねえけどなあ。小学生の時かな? 凪は見たことあるよ。旅行先かな。映像がぼやけてたから寝ぼけてたのかもな」  え、と顔を上げておじさんを見た。 「この前見えたんだ」 「でも、小学生の時って……そんなに昔のこと、今まで見えなかったじゃないですか」 「そうなんだよな。この前、だいぶ長くキスさせてもらってたとはいえ、十年以上も前のこと遡れたのなんか初めてだ。俺がもうすぐ死ぬってのと関係あんのかねえ」
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