217人が本棚に入れています
本棚に追加
/284ページ
軽く溜息を吐きながら苦笑するおじさんから、目を逸らす。手すりを握り締める。
震えるな。ぶつけてしまえ。
「夏彦さん」
僕の硬い声音に、また何か感じたのだろう。おじさんは少し僕から離れた。
「ほら、また上がるぞ。話すのは後でなー。今は花火をさあ。それにしても、他の人もここに上がってくればいいのにな。普段屋上閉まってるから、皆開いてること知らねえんだろうな」
「夏彦さん」
「俺はここの大家と知り合いでさあ」
誤魔化すようにまたビールに口を付けようとしたおじさんの手から、缶を取り上げる。地面に置いてから立ち上がり、おじさんを見据えた。
「夏彦」
僕より高い位置にある頭を近づけるために、襟元を掴んで引き寄せた。
かさついた薄い唇に、僕はキスをした。
「何度逃げようとしたって、無駄ですよ。いくら避けられたって、僕はもう諦めないから」
気持ちを伝えることを。
最初のコメントを投稿しよう!