第五章

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 玄関の脇には、母が育てている朝顔のプランターがあって、窓の格子まで弦を伸ばしている。朝は元気よく花弁を広げていたが、今は萎れていた。僕はドアの鍵を開け、おじさんを中に促したが、おじさんはその萎れた朝顔を見つめていた。 「朝顔、好きですか?」 「いやー? 俺のさ、ここに引っ越して来る前の家な、マンションだったんだけど、そこのマンションに小学生がいてさ、去年の夏休み前の終業式の日に鉢植えを泣きながら抱えて持って帰ってきてたの思い出して」 「あー、僕も抱えて持って帰ってきた覚えあります。小学一年生の時かな? 鉢植えがすごく重く感じて。途中で……」 「凪?」  途中で、父が迎えに来てくれた。忙しい人だから幼稚園や学校の行事にはめったに来れなかったのに、たまたま休みだったのか知らないが、通学路の途中まで迎えに来た。もちろん鉢植えを持ってくれようとするのだが、僕は父に持たせたら同級生に馬鹿にされるような気がして、意地を張って自分で持って帰った。父は、「凪は男だなあ」と嬉しそうにしていた。
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