第五章

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「また一人で抱え込んでいるの……? お母さんは何ができる?」  抱きしめられる。濡れた髪から落ちる雫に、服が濡れるのもかまわずに。 「身体もこんなに冷たくなってる」  冷房がきき過ぎていることも気づかずに床に座り込んでいたから、僕の身体はシャワーを浴びたにも関わらず冷えていた。母はそれを温めるように、抱きしめてくれる。  高校生の時も、僕をこうして抱きしめてくれた。あの時より小さく感じる背中に、僕は手を回す。  僕は、今日人を傷つけた。酷いことをした。死を静かに受け止めていた人に、その心を乱すようなことを言った。あんなことを言わせてしまった。 「僕……柏木、さんに、酷いことをして……っ」 「うん……」 「すごく、酷いことで……っ」  優しい人だから、強い人だから、死を受け入れていた。僕が恐れないように、後悔しないように、温かい想いだけを残そうとしてくれていたのに。
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