第五章

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「もう、すぐ、あの人はここからいなくなるのに……それを、あの人自身、ちゃんと、受け止めていたのに……! 僕が、気持ちを、踏みにじった!」 「……どういうこと?」 「父さんと、一緒なんだ……、あの人も、もうすぐ、いなくなる」  母さんは、少し身体を離して僕の顔を見る。 「柏木さんが……病気か何かってこと? お父さんと同じって……癌の末期っていうことなの?」  気の毒そうな顔をした母は、僕の目元を親指で優しく撫でた。 「こんなに目を赤くして……柏木さんと出会ってから、一人でずっと抱えていたの?」  僕は首を振る。一人ではなかった。柊平も、久住先生も、何度も僕の話を聞き、慰めてくれた。支えてくれた。その支えてくれた人たちを裏切るようなことをして、おじさんを追い詰めているのは僕だ。 「凪を支えてくれている人も、いるのね」 「うん……」  母は、少し安心したようだった。 「さあ、ちゃんと髪を乾かしなさい。少し話しましょう。落ち着いたら降りてきてね。ご飯用意してるから……と言っても、今日は遅くなっちゃったからお惣菜買ってきちゃったんだけど」
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