第五章

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「お父さんの、亡くなる直前のことって覚えてる?」  僕が一通り話し終えた時、母が僕に尋ねた。  亡くなる直前の父は、とにかくいつも笑顔だった記憶がある。おじさんと一緒で、死を受け入れて笑っていた。  それを母に話すと、母は微笑んだ。 「凪にはそう見えていたのね」 「母さんには、違って見えてたってこと……?」  テーブルをはさんで向かいに座る母は、記憶を辿るように目を伏せた。 「お父さん、死にたくないってよく泣いてたわ。私や凪を残して逝きたくないって。怖いって、震えてた。痛みが酷い時には、早く楽にしてくれって、縋られたこともあるわ」 「そんなところ、僕には……」  言葉にならなかった。そんな父の姿を、僕は見ていなかったから。痛みに耐えながらも決して弱音を言わない父。未練なく幸せだと笑う姿しか見ていなかった。  ……いや、見せなかったのだ。
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