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もう届かない いつかの幸せ
繰り返すのは あの日の悪夢
~母と澪~
僕には生まれつき、父親がいない。
正確にはいなくなった。
気づいた時には母と二人。
それが僕らの、当たり前だった。
「ただいま」
「お帰りなさい。
……まったく澪ったら、またこんなに怪我をして。
今度はどこで転んだの?」
「あ、ごめんなさい。
さっき公園で友達と鬼ごっこしてて、その時に……えへへ、ちょっとはしゃぎすぎちゃった」
「気をつけなきゃ駄目よ?
貴方は体が弱いんだから。
服も汚れちゃって……ほら、洗濯するから着替えちゃいなさい」
「はーい!」
幼稚園にも保育園にも行けなかった。
僕は心臓が悪いから。
もしもの時に責任が取れない、だから駄目だって言われた。
他人と触れ合ったのは小学校が初めてで、だけど上手くはいかなかった。
“クラスの友達”という存在に初めて与えられたのは、髪を掴まれ机に頭を打ち付けた時の痛み。
僕にとっての初めての授業は、温かいものと信じて疑わなかった人の拳は、本当は固くて怖いものだということ。
理由は単純。
父親がいないから。
僕にとっての当たり前が当たり前ではなかったことを、僕はその時初めて知った。
痣なんてもう数えきれない。
流血だって何度したかわからない。
子供は加減を知らないから。
学校という名の牢獄は、僕にとっては地獄でしかなくて。
唯一の救いは、母が変わらずにいてくれたこと。
本当は葛藤もあったと思う。
時折見せる悲しそうな目。
眠れない夜には一人お酒を煽りながら、声を殺して泣いていた。
口を押さえてごめんね、ごめんねって、何度も何度も謝って。
そんな姿を見てしまった。
だから僕は口を閉ざした。
父の事も、学校の事も、病気の事も。
話したいことは山ほどあって、だけど全てを隠して来た。
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