4人が本棚に入れています
本棚に追加
咲良さんは、一瞬戸惑った。
少し唇が震えたのを、僕は見逃さない。
「それはあんさんがあないなとこおったら、忘れようにも忘れられへんわ」
「ははは、雪の中で蹲っていましたからね……」
確かにあんな所にいたら、忘れたくても忘れられないか。
でもあまりに見とれてて見逃しそうになったけど、この話になってから咲良さんは震えている。
聞いちゃいけないことでも聞いてしまったんだろうか。
「どうして、わっちの名前がわかったの?」
咲良さんの表情は、さっきまでの優しい顔に戻っている。
気のせいだったんだろうか。
「街では有名ですよ。太夫の美人さんがいるって」
「そうなんですね。わっちの名が……」
次の瞬間、僕の視界は闇に落ちた。
正確に言えば、僕の目を何かで隠された。
クスクス……。
目の前から笑い声が聞こえる。
さっきまでの咲良さんの声であり、咲良さんとは違うようなけたたましい笑い声。
一気に僕の背筋はぞくりとした。
視界がひらける。
ぼんやりと目の前に映ったのは、赤い着物に似つかわしくない狐面の女だった。
「誰……?」
「ふふふ、私ですよ」
狐面を少し右にずらすと、さっきまで見ていた咲良さんの顔があった。
だけど違う。
口端をつり上げて、喉の底から笑っているような気持ち悪い笑いが小さく聞こえる。
最初のコメントを投稿しよう!