木立闇

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   今のは、幻覚か何かだったんだろうか。  カッコ悪さと信じられなさに、うつむく。  すると、見てしまった。  木陰から流れ出た墨汁のようなものが、するすると、その人の影に吸い込まれるのを。 「……青い顔してるけど大丈夫?  あ、大学の保健管理センター行く? 開いてると思うよ」  顔を上げれば、ひとの良さそうな、場違いなまでに優しい笑顔。  何も言えないでいると、その人は、ちょっと待ってねと、落ちた荷物を集め始めた。  ふとその後ろを見て、背筋が凍る。  さっきの子供が、目を拭いながらやって来ている。  木陰をゆっくりと、でもまっすぐこっちへ。  あと数歩。  なのに、足音は、聞こえない。 「おいていかないでぇ……」  子供の涙声。   日なたになると、覚束ない足どりで。  しゃがんでいる背中に、ひたりと取りついた。  なのに、その人は気がついていない。  立ち上がって、お待たせ、とか言っている。  どうしよう、声が、出ない。 「一緒に行こう?」  肩の向こうから子供が、小さな女の子が、泣いた後の暗い目で見ている。  連れて、行かれる。  僕は、目の前が真っ暗になった。  
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