5人が本棚に入れています
本棚に追加
今のは、幻覚か何かだったんだろうか。
カッコ悪さと信じられなさに、うつむく。
すると、見てしまった。
木陰から流れ出た墨汁のようなものが、するすると、その人の影に吸い込まれるのを。
「……青い顔してるけど大丈夫?
あ、大学の保健管理センター行く? 開いてると思うよ」
顔を上げれば、ひとの良さそうな、場違いなまでに優しい笑顔。
何も言えないでいると、その人は、ちょっと待ってねと、落ちた荷物を集め始めた。
ふとその後ろを見て、背筋が凍る。
さっきの子供が、目を拭いながらやって来ている。
木陰をゆっくりと、でもまっすぐこっちへ。
あと数歩。
なのに、足音は、聞こえない。
「おいていかないでぇ……」
子供の涙声。
日なたになると、覚束ない足どりで。
しゃがんでいる背中に、ひたりと取りついた。
なのに、その人は気がついていない。
立ち上がって、お待たせ、とか言っている。
どうしよう、声が、出ない。
「一緒に行こう?」
肩の向こうから子供が、小さな女の子が、泣いた後の暗い目で見ている。
連れて、行かれる。
僕は、目の前が真っ暗になった。
最初のコメントを投稿しよう!