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普通の世界
季節は冬。日本は毎年恒例の大雪に見舞われている。
朝凪菊乃は寒さに歯を震わせながら布団から抜け出し、学校へ行く支度を始めた。何のデザイン性もない高校の制服に袖を通し、いつもそうしているように髪を二つに縛る。
そして、右耳の後ろのうなじあたりに手を這わせ、金属の冷たさを指に感じるのを確認し、そこを少し強く推す。
かちゃん、と小さな音がして、1立方センチメートルほどの金属が手に転がり落ちてくる。菊乃はそれをテーブルの上に置いてある、細かく仕切りのついた箱に入れた。そしてその箱に入っている別の立方体を手に取ると、菊乃はそれを耳の後ろにはめ込んだ。
「__はぁ」
意味もなくため息をついてみる。部屋は静かで何の物音もしない。
菊乃は椅子の上に置いてあった学校のカバンを手にし、
「…いってくるね、桃子」
テーブルに飾られた写真に向かってそう呟くと部屋を出た。
「いってきます」を言うために、菊乃はリビングのドアを開けた。
「あら菊乃、ちょっと遅いんじゃない?遅刻するわよ」
今でも少し無理をしているような母親の声に、菊乃は「大丈夫」とだけ答えた。
「今日は始業式だけだからすぐに帰るね」
それだけ伝えると、菊乃は母親の顔を目にすることなく家を出た。
悲しそうな母親の顔を見るのが辛かった。姉妹で顔が似ているとよく言われていたから、もし母親が自分を見て桃子のことを思い出したらどうしようと思うと、怖くて見れなかった。
「…ねぇ桃子、今あなたはどこにいるの?」
灰色の空に向かって呟く。
答えはなかった。
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