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「おはよう」
「…おはよ」
欠伸を噛み殺す陽向を見て、また冬休み前と何も変わらない朝が再び来たのだと実感する。
「学校ってメンドクサイなー」
気怠そうな言葉の切れ端に、滲む気遣いの色。菊乃はその両方にため息をついた。
「何をいまさら。それよりさ、私の家に例の手紙が来たんだけど」
「…そっか」
陽向は神妙な面持ちで返す。この話がこんなに簡単に出てくると思わなかった、そんな内心の焦燥が表れたような視線の動きに、菊乃はクスリと笑った。
「あのね、私もう桃子の話をするだけで泣いたりしないから」
__言えた。
桃子のことを口にしたら涙があふれてくるのではないかという不安が拭いきれないまま、なんとなくあれからの日々を過ごしていた。あの日から陽向と会う機会は葬式の日を除いても何度もあったが、泣くのが怖くて、また悲しみに襲われるのが怖くて、桃子の話はしなかった。
陽向も特に何も言ってこなかった。そう簡単に持ち出せる話題でもなかったからだろうし、陽向自身も少なからず桃子の死にはショックを受けていたからかもしれない。
「…そっか」
短いけれど優しい響きに、菊乃はほんの少し微笑んで返した。
「それでね、枸杞の国の案内が来たの」
「ああ…桃子のヒダリアはメモリアルレコードに返したんだろ?だから来たんだよ」
陽向はこともなげに言った。菊乃は少し首をかしげる。
「枸杞の国って、ヒダリアを使って再現しているの?」
「…そんなことも知らないのかよ」
若干呆れたような陽向の言い方に、しかし菊乃は怒るわけではなく困ったように笑った。
「私ほら、あんまりメモリアの仕組みも分かってないし…」
「で、俺にメモリアの説明をさせるの?」
少しふくれ面で言った陽向。
「何だかんだよく知ってるくせに」
菊乃が少し悪戯っぽく微笑むと、陽向はわざとらしく息を吐いた。
「そらこの世の中に記憶業界っていう新しいジャンルを築いて、そのトップを走り続けるメモリアルレコードの社長の血縁ですからね」
「…そんなに大伯父さんが気に入らない?」
菊乃は少し気遣うように言った。陽向はすぐに首を振る。
「いや。そういうことじゃない。単に…なんだろう。いや、考えてみると理由は特に…」
陽向の声は徐々に小さくすぼんでいく。しかし何かにはっとして、陽向は苦笑いと共に続けた。
「あれかな、はとこが嫌いなんだよな…そこにも明確な理由はない気がするけどね」
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