縛られた女

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 その大好きだった母親に捨てられたのは、忘れもしない、蝉がけたたましく鳴く十四の夏だった。  母親に男ができていた。  浅黒い肌に短髪の、図体のいい男だった。  男には、一度だけ会ったことがある。  学校から帰ると、男は家に上がり込んでいて、母と若葉が普段一緒に寝ている部屋で煙草を吸っていた。  浅黒い上半身には、何も身に纏っていなかった。  その光景に立ちすくむ少女を睨みつけた男の背中には、美しい鳳凰が彫られていたことを、若葉は覚えている。  夏休みが終わる前、若葉は伯母の家に預けられた。  本当は預けられたのではなく、捨てられたのだと、若葉は理解していた。  優しい伯母家族との暮らしはそんな若葉にとって唯一の拠り所だった。  母から不定期に伯母の元へ振り込まれる養育費か生活費のつもりの金額は微々たるものだったが、伯母は嫌味や文句を一つも言わず、自分の子供と分け隔てなく接してくれた。  若葉は、早く自立がしたいと高校には進学せず、コンビニのアルバイトの面接を勝手に決めてしまった。  伯母と叔父は進学を進めてくれたが、これ以上金銭的に負担をかけるのが申し訳なく、中学を卒業するまで伯母の家に居座らせてもらえていただけでありがたいと思っていた。  初めての給料を受け取った日、若葉はアパートの小さな一室を借りた。  寂しくなる、と泣いた伯母は、いつでも帰っておいでと言ってくれた。
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