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澪は、手鏡を取り出し化粧が崩れていないか端正な顔を隅々までチェックする。
ファンデーションを塗った肌に皮脂が浮いていないか、きつく跳ね上げたアイラインは綺麗に描けているか、アイシャドウは薄くないか、マスカラは滲んでいないか。
そして、化粧ポーチからシャネルの真っ赤なルージュを取り出すと、ぽってりとした唇に丁寧に塗り込んだ。
きつく、濃く、しかし優雅と気品も兼ね備えた化粧でなければならない。
化粧も、女王の仕事のひとつである。
お道具、と呼ばれるSMプレイには欠かせない道具を詰め込んだキャリーバックを引き、ホテルに向かった澪と入れ違いで、クラブのオーナーがリビングにやってきた。
夜とはいえ真夏の蒸し暑さに、外から来たオーナーの額には汗が滲んでいる。
それに加え、重そうなダンボール箱を抱えていたのだから、嬢達の挨拶を返す余裕もないようだった。
リビングにあるテーブルに、ダンボールの箱を置くと、オーナーは重さで止めていた息を一気に吐いた。
すると、身軽になったためか、自宅からマンションまで徒歩15分の道のりを重い荷物を抱えながら完歩することができた達成感かはわからないが、ダンボール箱を誇らしげに見つめたまま笑顔になった。
「なんですかそれ」
嬢達はオーナーの様子に、テーブルの周りに集まる。
収まりきらず開いたダンボールの口から、埃っぽい古びたSM雑誌の表紙が見えた途端、何人かの嬢が顔を顰めた。
「オーナー! 拾ってきたエロ本なんか事務所に持ち込まないでくださいよぉ」
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