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不安にかられすぐ前にいた桃花に縋ろうとした瞬間人の波が動いた。
身体は勝手に動きバランスを失った。
必死に桃花の手を掴んだ。
否、掴んだのは桃花の手ではなかった。
大きな手だった。
知らない人の手を掴まえてしまった事に慌てて離そうとすると又人波が動いた。
離れかけた手に力が入った。
(どうしよう)
困惑したあゆみに声が掛けられた。
「ゲンチャナ?
タンシン、ゲンチャナヨ?」
あゆみが掴んだのは男性の手だった。
なにを言われたのか解らなかった。
でもどこかで聞いた様な優しい感じがした。
「タラワヨ」
彼はあゆみが掴んだ手を握り返して引っ張るように階段から出口へと進んだ。
その間に雨が小降りになったようで、人が少しずつ外へ出て行き二人の間にも空間ができた。
「タンシン、ホンジャヨ?
オディロカヨ?」
ぼーっとして見つめるあゆみに言葉が通じて無いと悟ったのか、
「ジャパニース?」
と聞いてきた。
「イエス」
やっとの事で答えた。
その時彼の後ろから安奈と桃花が声を掛けながら走り寄って来た。
そして手を握っている彼を見た。
「あゆみ、その人誰?」
そう聞かれて慌てて手を離す。
「サンキュウ、ソウマッチ」
彼に向き直って頭を下げた。
彼は友人達を見て笑いながら首を横にふる。
(イジェ、ゲンチャナバ)
小声で言うと地下鉄の階段を下りて行った。
「あゆみあの人知り合い?」
「どうして手を繋いでたの?」
立て続けに聞く二人に助けられた事を話した。
二人は目の色を変えてあゆみに詰め寄る。
「ロマンチック」
「名前は聞いたのか?」
「連絡先は?」
矢継ぎ早に聞いて来た。
二人が来たからそんな暇などなかったと言うと、
『運命の人ならまた会えるよ』
安奈が笑いながそう言った。
運命なんてまさか有り得ない。
万に一つ、彼にまた会えたとしても、言葉も通じない相手とどう話して良いのか、第一、自分から男の人の手を掴むなんて今まで一度だってなかった。
恥ずかしいやら申し訳無いやらでどんな顔をすればいいのか。
顔、そうだ。
あの人の顔だってちゃんと見てはいない。
覚えているのは背が高かった事と声が優しかった事・・
そして、手が暖かかった事だけだ。
道で擦れ違っても自分が彼を見つける事など出来ないだろうと思った。
「雨宿りで時間無くなっちゃったね。
ジュースは明日にしてホテルに戻ろうか」
安奈がそう言うと桃花は残念そうに周りを見渡した。
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