亜子

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この頃宮中で絶大な権力を握っていたのが藤原経聯と三条基匡だった。 この二人には多くの側女と多くの子供達がいた。 継ぎの御子が年頃になり妃選びが始まると、其々に自分の娘の中から次の妃をと熾烈な争いが始まった。 だが以外にも第一候補に上がった名は智典の娘、亜子の名だった。 二人は慌てた。 無官の智典に其の座を取って替わられるのではと危惧したのだ。 そこで普段仲の悪い二人が結託して考え出したのが、 『隣国の王の妃に亜子を』 とのはなしだった。 『妃』と言えば聞こえは良いが、小国の、しかも皇女でもない公家の姫などただの『贈り物』でしかない。 しかも真冬の海を船で渡る危険な旅は、その途中で命を落とす者も少なくはなかった。 しかしてこの悪巧みは粛々と進み、間もなく天皇より勅旨が降された。 智典は娘の幼さを理由に辞退を申し出たが無駄だった。 失意のうちに宮中より戻った智典に妻の時絵が離縁を願い出た。 亜子に同行して唐へ行くと言う。 取り乱し、 「新しい妻を娶り跡継ぎの男の子を儲けてください」 と頼む。 「跡を継ぐ亜子がいなくなれば自分達の縁に繋がる者を養子にと言ってくる筈。 娘を苦しめる者達に薬草園まで自由にされたく無い」 そう言って泣き崩れた。 智典は時絵を胸に抱き言った。 「そなたまでわたしから遠ざかってくれるな・・ 跡継ぎならばそなたの遠縁の男子を立てれば良い。 亜子には祐盛を就けよう。 あれなれば唐言葉も話せ剣の腕もたつ。 元々亜子と娶わせようと思っていたのだ。 必ず亜子を守ってくれよう」 それから二人で知恵を出し合い、 準備期間に二年の猶予を願い出る事にした。 翌日宮中から戻ると、智典が妻を呼んでこう言った。 「天皇(おかみ)が、すまぬ、と言われたよ。 亜子の唐行きを止めてはやれなかったが、二年の猶予は必ず叶えてやろう。 そう言われた」 そして妻の手を取って涙を流した。 その日から亜子の旅の準備が始まった。 夫婦は憐れな娘が少しでも寂しい思いをしない様にと、持てる力のすべてを駆使してそれに臨んだ。 そうして二年の歳月はあっと言う間に過ぎていった。 その間に (二度と子は望めぬ) と言われた時絵に男の子が生まれ、一条の家の跡目問題も片が付き、継ぎの御子の后も、権力争いとは無縁の東国の神官の家から選ばれた。 亜子一人が割を食う形で一連の騒動は終焉を迎えたのだ。
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