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都を発つ日の朝、時絵が二つの物を亜子に手渡した。
一つは翡翠で作られた勾玉。
「これは母がお父上に嫁ぐ時に私の生家の母、あなたのおばあ様がくれたものです。
きっと亜子を守ってくれます」
そう言って赤い組紐を通してから亜子の首にかけた。
もう一つは錦で織られた打ち掛けだった。
「これは都のはた織りが、一年をかけて織った布をこの母が縫い上げたもの、これなれば寒いと聞く隣国の冬でも身体をこわさずに済むでしょう。
少し重いが着ておくれ」
やっと十二歳になったばかりの娘に母としてしてやれるのがこれだけだと、すまながる時絵に亜子は何も言えなかった。
この二年、自分のまわりで起きていた色々な出来事にも、
(悲しい)
とは思わなかった。
第一どう思ったところで何も変わらない事を、幼いながら知っていた。
ただ生まれたばかりの弟や両親が心配だった。
そして自分の為に遠い国へ付いて来てくれる美弥子や祐盛にすまない気持ちでいっぱいだった。
朝の港は人々の活気で賑やかだった。
船窓からそれを眺めていると美弥子が朝餉を運んできた。
「姫さん、今朝は早いですね」
いつもは美弥子に起こされるまで起きられない。
元々あまり丈夫ではない上に長い船上暮らしですぐに疲れた。
父が持たせてくれた薬草茶も底をつき、美弥子が船の上で育てたヨモギやしその葉がその代わりをした。
「祐盛様は?」
いつも三人で取る朝餉の膳が二つしか用意されていないのに気付き亜子が美弥子に尋ねた。
「上陸の手続きをなさると言われて朝早く出られました」
此処からは陸路を行くのだ。
この頃大陸では小国どうしでの争いが絶えず、其処かしこで戦が起こっていた。
この旅も本当なら海路で行くのが一番なのだが、一番近い港は今戦火で閉鎖され近づけない。
どうしてもこの港から、険しい峠を越えなければならなかった。
関所から戻った祐盛が、難しい顔で亜子のもとに報告にきた。
「姫さん、どうにか上陸はできそうですが、この港に留まれるのは一日だけのようです。
なんでもこの港のすぐ両隣りの国で戦が起こった為に、他国の者は街に入れないとの事で牛車用の牛も手に入るかどうか。
とにかく、急ぎ準備をいたしますゆえもう一日船の中で待たれてください」
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