あゆみ

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「そや、昔その仲買が親族の婚礼の祝いにと、大きな鯛を贈ったんだそうや。 その男、元は板前でな、さしみにしょう思て腹を割ったらそれが出てきたそうや。 綺麗な指輪やしほしい言う人が有って売ったんやが、何度売れてもすぐに客が返しに来たらしい」 「どうして? おばけでも憑いてるの?」 「さあなぁ、見たところ綺麗やし、僕が買うた後も何も変わった様子は無いしなぁ。 売る為の『噺』かもしれんが・・ どうや、確かめてみるか?」 あゆみはもう一度指輪を手に取って眺めた。 銀色の台はこまやかな細工が施され、中石は薄いピンクの水晶のようだった。 「貰ってもええの?」 「ええで、その代わりおばけが出たらお知えてや。 どないなおばけが見られるか楽しみにしてるで」 そう言って子供のように笑った。 叔父の店を出て河原町の茶房についたのは、午後三時を少し回ってからだった。 明日一緒に旅行に行く幼馴染の桃花と安奈は先にきて旅行雑誌やガイドブックを拡げている。 今夜はあゆみの部屋に泊まり、朝早くバスで空港へ行く約束だった。 「あゆみー、おそーい」 安奈が手招きをした。 あゆみがテーブルに着くとすぐ周りを見廻すしながら桃花が聞いて来た。 「また叔父さんの所? 潤一郎さんは?」 彼女は潤一郎のことが好きらしい。 あゆみが居なくても潤一郎目当てによく店に顔をだす。 でも告白となると勇気が出ないらしかった。 「あれ!綺麗な指輪! 高そう、新顔やなぁどうしたん?」 安奈は雑誌の編集の仕事をしていてファッションや、アクセサリー雑貨などに目がない。 三人の中で一番流行に敏感でセンスも良い。 そしていつも恋をしている。 でもサイクルも早い。 先月は何とか言うアイドルグループの一人に似た人で、近頃は韓流スターに似てる人というふうだ。 あゆみはと言うとまだ恋愛の経験はない。 素敵だと思う男性には出会っても何かが違う気がした。 自分が待っているのはこの人じゃない、そう思えた。 とは言っても漠然とした思いなだけで、それならどんな男性がと聞かれたとしても答える事などできなかった。 「いいなぁその指輪。 アンティークは高くてとっても手がでないのよね。 自分で買うたん?」 叔父に貰ったと言うと羨むように、自分にもそんな叔父がいたらと言った。 それからまた指輪を見つめて、着けてみて良いか?と尋ねて来た。 「ええよ、でもこれ、おばけが見えるかも知れへんよ」
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