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さらに10分待ってから、僕は彼女に電話をかけた。電話は8コール目で、意を決したようにつながった。
『何やってんだよ。もう40分も遅刻だぞ。今どこにいるんだよ!』
思わず、いきなり責める口調になってしまった。僕はいつも自分が主導権を握っているつもりでいたから。でもこの時の彼女の落ち着いた静けさに、初めて何かしら違うものを感じ、怯んだ。
『お願いしたよね。』
『え?』
『帽子取ってきてねって。』
彼女は、待ち合わせ場所に来るには来たが、僕が車内でも帽子をかぶっているのが離れたところから見えたのだ。
僕はその時、ひとつのことにふと気付いた。彼女が珍しく車で待ち合わせを指定してきたのは、僕が帽子を取りやすくする彼女なりの配慮だったようだ。人目が少ないように。しかしその配慮も空しく、僕はかぶっていた。彼女は失望して帰ってしまったのだ。
少しの沈黙が流れ、ずっと彼女の中に溜まり続けてきた言葉が、ついにこぼれ落ちた。
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