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   ノックの後に、「失礼します」と入って来たのは四十代後半だろうか、白髪混じりの髪を、短く七・三に分けた男だった。  縁なしのメガネをかけ、夏なのにストライプ柄の紺色のスリーピースを着ていた。青空のようなネクタイで夏を演出しているのだろうが、細面で神経質そうな顔は銀行の支店長のようだった。手にはファイルを抱えている。おれ用の暴漢対策マニュアルかも知れない。  おれが横着な態度で誕生日席に座っているのが気にくわないようだ。メガネをひとさし指で軽く上げた後、刺すような視線を送ってきた。 「そちらでよろしいのですか?」  おれは姿勢を戻し、テーブルの上で両手を組んでいった。 「ああ、おれはこう見えて暗い場所が嫌いでね。窓ぎわが好きなんだよ」    男はふんと鼻で笑い、「まあ、いいでしょう。お好きにどうぞ」とまるでケンカ越しだ。  礼儀を知らない無頼者が──、そう思っての言葉だろう。戦闘開始の軽いジャブを放ったようだ。なかなか手強そうな男に見える。  男は扉をいっぱいに開け、内側に立ち廊下に顔を覗かせた。 「すでにお待ちのようですよ。みなさんお入りください」  失礼します、といいながらぞろぞろと入ってきた。それぞれおれの格好を見て、立ち止りそうになる。 「大丈夫ですよ。さあ、どうぞお入りください」、と男に促され足を進めた。  
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