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   おれは切り返しに打ってでる。 「ところで、とはぞんざいじゃないのか。そっちは話し合いに入ってるみてえだが、座ってる人間がどこの誰べえなのか分からないんじゃ、おれは話しにくいぜ。こっちは名乗ったのに、そっちは知らんぷりかい。名前をいいたくないならそれでもいいぜ。時計回りにAさん、Bさん、Cさんと呼んでもな」  おれの正体がわからない以上は名乗らせたくないのだろう。顔を赤くし、口を真一文字にした教頭のこめかみに二本の筋が走った。  オッケー、オッケー。もっとイライラしな。頭に血がのぼったヤツは、交渉事には勝てないんだぜ。  だが、やっぱりタヌキだった。鼻から深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。顔色が赤から白に戻る。 「そうでしたね、それは失礼しました。それでは紹介させていただきます。わたしの向いに座られている方たちは、保護者の皆さまです。お名前は……」  だが、教頭を遮って一番手前の婦人が声をあげた。 「自己紹介くらい、自分で出来ますわ」  なんとも気の強そうな女性だ。PTAの会合でもリーダー的な存在なのだろう。語気が強い。 「わたしは中川といいます!」  おれはわざと一拍おいていった。 「中川浩二くんの保護者だな」  息子の名前をいわれ一瞬たじろぐが、強気な姿勢はくずさない。 「そうですよ、浩二の母親ですよ」  
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