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「十年後はちょうど大学受験だ。頑張って人の命を救う医者になる勉強をしてるだろうな。そんなある日、たまたま自分の名前を検索した友達から過去の話を聴くかも知れない。記憶にもない小学二年の時に、自分がイジメで同級生を死なせていたことを知ってしまう。大人が上手に隠してくれた、自分の過ちを知ってしまったら、途方にくれるだろう。悲しいよな。
果たしてそれを知ってもなお、医者になりたいとおもうだろうか? 頑張ってきた分、その罪悪感は激しいだろうな」
現実的な話に身をつまされるのか、中川の口びるが震えている。うつむき、小さくつぶやきだした。
──やめて
──やめてよ
──やめなさいよ
最後には顔をあげて、叫んだ。
「やめてください! 息子の道を閉ざさないでよ!」
それでもおれは、それがどうした。そんな顔で中川を通りすぎる。
そして、隣の山口にいった。
「山口さん。さっきの葛西さんの話だけど、写真の表彰が取り消された時、『それは酷い。自殺したとしても授賞されるべきだ!』、と声をあげた男性が居たんだよ。勇気ある正義感だよな」
山口も何をいわれるのか不安なようで、テーブルの先を見つめて顔を上げない。おれは続けた。
「だがな──。
その男性の子どもが、葛西さんをイジメた生徒の一人だったんだよ。すごい偶然だろう。
きっと男性は驚くより嘆いただろうな。自分の子どもが、そんなことをしていたと知って──」
おれは少しためを作って続けた。
「しかもその男性は、おたくの旦那と同じ、自衛官なんだよ」
山口は、ハッとしたようにおれに顔を向けてきた。その目は、もしそんなことになったら、主人の立場は──
そう語っているようだった。
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