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「さて、池永さん」
ふくよかだった顔がおれの声で、一瞬げっそり痩せたように見えた。
おそらく彼女は自分の子どもが、ダイチをイジメていることを知っているはず。知っているのに止められない。多分、家庭に問題があるのだろう。
旦那に話しても、「おれは仕事で忙しいんだ。家庭のことはおまえに任せてるだろう。何とかしろ」、と話し合いも出来ず解決も出来ず。一人で悶々と悩んでいるのかも知れない。
その証拠に、始めから彼女だけはおれに好意的だった。解決策が欲しいのだろう。かわいそうに。
だが、責めなきゃならない。彼女にも叫び声をあげさせる必要があるからだ。
「息子の博史くんは、スポーツは何かやってんのか?」
小さな声が流れてきた──野球です、と。
「そうかい、野球はいいよな。チームワークを学ぶにはな。だけど、そんな子がイジメに参加しちゃいけないよな」
返事はない。悔しさを四方に飛ばしながら、おれの責めに耐えている。
「この先、博史くんの学校が頑張って甲子園にでも進もうものなら、そりゃ大したもんだよ。
だがな──
もっと才能を開花させて、地元の英雄だとか、甲子園の星だとか呼ばれて絶頂を迎えていた時──昔はイジメっ子だった。
そんなニュースが流れたら、博史くんの野球人生は、そこでお仕舞いだ。
ダーティなイメージは、一度付いたら一生消えない。昭和の怪物と呼ばれた元ジャイアンツの江川卓投手も、素晴らしい成績を残したが、ダーティなイメージのせいで、どこからもコーチや監督のお呼びがかからない。あんたの息子も称賛を受けるはずが、一生責められ続けられるだろうな」
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