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ヌードな夜
去年の夏は、今年以上に暑かった。全国で多くの人が熱中症で倒れ、メディアは口をそろえて水分補給を訴えていた。レイカさんと初めて会ったのは、確か、麻布十番納涼まつりの前後だったと思う。
その日は陽が沈んだ後もひどく暑くて、その麻布十番のカフェは繁盛していた。大手チェーンではない。表通りから少し引っ込んだ、昭和レトロ調のカフェだ。
ここで、レイカさんと出会った。というか、逆ナンされた。僕はウエイターのバイト中に、客として訪れた彼女から声をかけられたのだ。
「ねぇ、仕事が終わったら、私に付き合ってくれない?」
断わられることなど微塵も考えていない口調だった。レイカさんは桔梗柄の浴衣を着ていて、クールな風貌によく似合っていた。やっぱりな、と僕は思った。何度もレイカさんの視線を感じていたし、何となく予感があったからだ。
「あと1時間ほどで上がります。それでもよろしければ」
「ええ、もちろん結構よ。じゃ、また後で、よろしくね」
ガールフレンドはいっぱいいるが、特定の彼女はいない。それに、付き合ってきた女性たちは年上ばかりだった。成熟した女性とのセックスは嫌いではない。僕に断わる理由などなかった。
1時間後、私服に着替えて、待ち合わせ場所に向かった。テレビ朝日の近くにあるツタヤだ。店内をぐるりと回ったけど、レイカさんの姿はどこにも見当たらない。からかわれたのかな、と帰りかけた時、デザイン雑誌のコーナーで彼女を見つけた。
レイカさんは浴衣を着替えていた。深紅のミニスーツの胸元から、魅力的な水蜜桃がのぞいている。たまらなくセクシーだった。
数分後、僕は大通りでタクシーにつかまえていた。
「渋谷文化村まで」と、レイカさんは行き先を告げた。正確には、文化村近くのイタリアンレストランだった。あらかじめ予約を入れていたらしく、すぐ個室に案内された。
初めて名を聞くワインで乾杯し、本場のパスタとサラダを堪能した。当たり前だが、ファミレスとは明らかにレベルが違う。そう言うと、レイカさんはケラケラ笑った。
「そうそう、謝らなくっちゃね。だましたみたいでごめんなさい。あなたに声をかけたのは、私の〈仕事〉にスカウトしたいからなの」
悪びれもせずに、〈女性を抱く仕事〉について説明しはじめた。僕は呆気にとられた。怒ってもいいところだと思うが、どこか納得もしていた。
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