3.5.炭焼き

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 学校の裏庭に積み上げられた瓦礫の隙間から白く細い煙が立ち上っていた。横には炭の素になる押し固められたパンの塊が積まれていた。  まだ小さなガキどもが太めと一緒にパンを手で押し固めていた。 「あれは、なんですか?」  ひとりが学校の壁に書かれた文字を指差した。 「ああ、あれはなあ。おまえら、まだ文字教わってないよな」 「はい」 「あそこには仲間の名前が書いてある」 「名前?」 「そう、名前だ。おまえらはまだ名前もらってないけどな。そのうち、もらう」  ガキの目の色が輝いていた。 「文字、読みたいか?」  太めが聞いた。 「うん」  ガキがうなずいた。 「ちゃんと教えてもらえるぞ。オレだって読めるようになったからな。おまえらもすぐだ」  嬉しそうに目を合わせるガキどもを見て太めは目を細めた。  太めはもう一度、壁の文字を見た。空を駆ける美しい髪の若者。皆を守る。素早く軽やかで強い。誰もかなわない。皆が彼を尊敬していた。彼の名前は壁に残され、ひとりひとりの心に刻み込まれた。  はずだった。  太めは既に忘れ始めていることに気がついていた。名前はもちろん覚えている。その名前の持ち主がどんな声をしていたか。どんなことを言っていたか。どんな言葉を交わしたのか。  壁にはもうひとつ名前が書いてある。目つきの鋭い若者。いつも強がっていた。いつも一緒だった。  記憶を探そうとすると頭が痛む。 「どうしたの?」  集まったガキどもが心配げに太めを見守っていた。 「ん、ああ、大丈夫だ」  太めは目が醒めたかのように小さくぶるっと身体を振るわせた。 「ひと休みして焼いたパン食うか?」  太めの提案にガキどもが歓声を上げた。  積み上げた瓦礫、かまどのあちこちに適当にパンが乗せられている。ガキどもはそのパンを競うように手に取った。 「おい、熱いから気をつけろよ」  太めの注意にガキどもは嬉しそうに「はい」と返事をした。  かまどの熱で焦げ目のついたパンを口にして最初は「うまい」などと言っていたガキどもは、いつしか無言で、夢中でパンを頬張っていた。 「太めさんもどうぞ」  さっき太めに声をかけたガキが焼けたパンをおずおずと太めに渡した。 「お、ありがとな。でさ、『さん』はいいよ」 「でも……」 「太めでいい。って、熱いよ、これ。うまい、うまいな」  太めもすぐに無言でがっついた。
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