やさしい妻

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やさしい妻

 私の妻はいつも笑顔だ。  結婚して40年。    文句ひとつ言わず、家事・育児をこなし料理の味が薄いのが気に食わないがお蔭で家のことの一切を任せる事ができ私は仕事一筋に努める事が出来た。  よく出来た妻だと思う。  今年、私はめでたく仕事を定年退職した。  子供たちも独立し、夫婦水入らずのんびりとした時間が流れていく。  子供たちが独立して手持ち無沙汰なのか、私が仕事をしていた時よりもかいがいしく世話をやいてくれるようになった妻。    最近では、すっかり体の固くなった私の足の爪を切り靴下をはかせてくれ風呂では背中を流し寝間着まで着せてくれて新聞・タバコ・お茶なんて何も言わなくてもさっと差し出してくれる。  なんと満ち足りた生活だろう…。  私は幸せものだ。  そんなある日。  妻が、高校の同窓会に泊りで出かけてしまった。  私が一人で留守番するのが心配だという妻に、行って来いと送りだしたのはよかったが…困った。  何が困ったって、まずテレビのリモコンの場所が分からない。  あと、お茶を沸かそうにもポットが新しくなっていて操作できないし風呂に入ろうにも追い炊きの操作が分からず水風呂だし…ああ、パンツはどこにあるんだ? カレーを温めようにも台所の事なんて分からない。  妻が帰って来た時には、家の中は荒れ放題だった。  にっこり。  ぼさぼさの髪にひっくり返った下着にちぐはぐの靴下姿で『母さん、腹がへったよ』と、言う私をみた妻が『しょうがないですねぇ』ととびっきりの笑顔を浮かべた。    数日後。  それは、いつもと変わらない朝だった。  朝食を食べる私に差し出された『離婚届』。  訳が分からず、困惑する私に妻は言った。  「あら、大変ねぇ~頑張って生きて行ってくださいね!」
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