第1章

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白い肌を晒した月が雲の合間を縫って柔らかに光っていた。いつもより水分を摂ったせいで浮腫んでしまった足が重い。夜勤入りのスタッフと入れ替わりで勤務終了のコードを打って、バイト先であるコンビニを後にした。廃棄の明太子パスタを適当に袋に詰めて、私は帰路を辿る。 夏の盛り、微温く湿付いた夜風が悪戯に私の頬を舐めとって過ぎ去っていく。じんわりと洋服の下に浮き始める汗を感じながら、溜め息を吐いた。 スキニーパンツの後ろポケットに突っ込んでいた携帯を取り出し、画面を開くと、新着メールが三件届いている。 メール画面を開いて内容を確認すると、差出人は皆一様に初めて見るメールアドレス、件名にはいつも利用しているレズビアン専用の出会い系サイト名が記載されていた。 そこで漸く私は、恋人募集のカテゴリに早朝、募集をかけていたことを思い出す。 指先にまで伝わる高揚感を宥めながら、私はそっと最初のメールを開いた。 初めまして 深南(ミナミ)と言います。 恋人募集の内容を見てメールを送りました。 良かったらお友達から始めてください。 お写真も拝見致しましたが、流石バリタチというくらい整ったかっこいいお顔ですね!私も送らせて頂きます! 思わず苦笑を漏らし、眉を寄せて笑った。 この出会い系サイトに自分の写メ付きで投稿すると、必ずと言ってもいい程差出人から送られるかっこいいという言葉。最初こそ、そうメールに記載され恥ずかしさと嬉しさに覆われていた自分だが、今では言われ慣れてしまい特に何かを思う事も無い。寧ろ、また顔重視の女か、と内心悪態をついてしまいたい程で、私は深南さんへの返信を保留にし、二件目のメールを開いた。 こんにちは、初めまして。 奏太って言います! セクはボイネコです、良かったら仲良くしてください 顔かっこよすぎます、化粧の仕方とかも教えてほしいです! 内容に目を通し終わると、私ははい保留といった気持ちで最後のメールを開く。 月が綺麗ですね 初めまして、伊織です。 のんびりメールがしたいです たった三行の、さして特徴も無いその文章に、―いや、その文章だからこそ意識させられた。 求めていた、何気ないただのメールだ、可愛げも無ければ媚びも存在しない普通のメールに、私は一瞬にして返信用アイコンを押してしまっていた。
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