第1章

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通話の切れた携帯をテーブルに置くとキッチンへと向かう。冷蔵庫から冷えたビールを取り出し一息に飲むと、和室の押し入れに手をかけた。 何だ、意外と早かったな、――。 もう少し余裕が欲しかったのに。 「結子のパパって、相変わらず過保護なのね」 この暑さのせいか、ぐったりと横になったまま結子の身体はピクリとも動かない。 青く黒ずんで腫れた唇の端から、乾いた血が見えた。 「あっつ……」 グループLINEの件数は186件。 ガタンゴトンと列車がレールのつなぎ目を通過する時のように、数字は一定のタイミングを保って増え続けている。 『おはよう(*´▽`*) みんな拡散してほしいの』 最初は真紀の投稿だ。 「こんな時にでも顔文字を使うって、あいつバカなの??」 くすくすと鼻で笑いながら、指先を下へとスクロールする。 「突然ですが、須藤君が亡くなりました。自殺だそうです。そして結子が行方不明になってると結子のパパから電話がありました。何か知っている人がいたら結子の家に連絡をしてください、だって」 「……」 「ねえ、聞いてんの??」 全く動こうともしない結子に私は苛立ちを隠せない。 お腹を抱えるように縮こまるその態度にムカついて、結子の足を結んだロープを力いっぱい引っ張った。 「もしかしたら結子が巻き込まれてるかもしれませーん、だってさ。あいつ、結子殺して自殺したとか思われてんのかな?? まじウケるんだけどっ」 「……」 華奢なその身体がずるずると引き摺られ、畳の上に転がり出たところで、蹴りを入れた。 「ほら、あんたのこと心配してるLINE、読んでやってんのよ。少しは何とか言いなさいよ」 乾いた唇がゆっくりと開かれ、かすかすの声が空気に混ざって溶けた。 「……ち…ひろ……ちゃ……」 「何よ」 「おね…が……い……」 「聞こえませーん」 「おみ……ず……」 「はあ?? あんた、これだけみんなが心配してくれてるのに『水』が飲みたいわけ??」 「……っ」 「ふーん。あんた、須藤君見捨てて生き残る気なんだ??」 刹那、手にしていたプチトマトを口の中に押し込んでやる。 「……うぐっ」 「それでも食べてれば??」 咀嚼する力もない癖に、涎を垂らし必死に起き上がろうとする結子と目が合った。
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