~夏の夜~(妄想物語)

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そんな事を考えて突っ立っていた僕に彼女は何かを云う事なく、また口を閉じてしまって、後は悲しそうにただじっと見つめてきた。だから僕は、 「すみません!その‥‥あれですよね?身内とか…っめ、命日参りでしょ?」 と謝って、なんとか変な考えを起こしてしまったつい先程の事を訂正するように取り繕う言葉を発しながら、最初そうしたように彼女のすぐ隣に肩を並べ、 「でも貴方のような若くて美しい方が一人では危険だから、私も行きますよ。」 そう伝える事でなんとか取り繕うと、彼女はただ静かに微笑んでくれて、僕の失礼を許してくれたようだった。  それからの僕はと云うと、初めの時のようにとにかくあれこれ彼女に話し掛け、話し続け、それを隣で彼女が聞く。これを気味の悪い暗いだけの道が終わっても、細長い川にぶつかったので〝嘆き墓地〟に向かう為の渡し船に二人で乗っても、ずっと続けていた。 「つきましたね。足元、大丈夫ですか?」 そして〝嘆き墓地〟にあがる為の船着き場に無事到着し、自分達が乗ってきた渡し船が勝手に船着き場から放れて行かないように、船の中に無造作に置かれていた太いロープでシッカリと船着き場の端と船とを結びながら、彼女がよろけて船の上から落ちてしまわないようにと気にして声をかけて見たが、彼女は音も立てず、いつの間にか船から降りていたようで地面に足をつけていた。 「………‥‥。」 不思議な事もあるものだ。と思ったが、次の瞬間、彼女がどうやら目的としている墓地に足を一歩、また一歩と進める度に、あんなにも生暖かかった風が、剥き出しの素肌には突き刺さる程の、冷たく、切りつけてくるような風に変わってゆくので、こればかりは不思議を通り越して…‥なんと云えば良いか分からない程ゾッとした感覚を全身に刻みつけられた。
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