ダンプとカラス

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 真島は仕事柄こういったところはよく利用するのだろう、慣れた様子で券売機の前に立ち、僕に食べたいものを聞いて食券を購入すると僕を促して席に着いた。  すぐに真島が頼んだ特盛と、僕の並盛牛丼が運ばれてくる。店内に数人いるの皆ひとり客の男性で、黙々と食事をとっていた。  実は牛丼屋に入るのは二回目だ。初めて食べたのは小学校三年生の時。  僕は母ひとり子ひとりの家庭で育った。裕福ではなかったけれど母はいつも手作りのご飯とお弁当を作ってくれた。子供ながらに母の忙しさはわかっていて、あるとき母の誕生日に貯めていた小遣いで近所の牛丼屋に行ったのだ。  母はとても驚いて、それからありがとう、と笑顔になった。あの時の牛丼は本当においしかったね、と生前の母が何度か懐かしそうに話していたことを思い出していた。  ずっと、心の奥にしまって忘れるつもりだったのに。  親不孝者の僕には、それを懐かしむ資格などない。だから思い出さないつもりだったのに。 「くっ……」  ぽた、と垂れた滴は、その後止まらなくなってしまった。  嗚咽を堪えながら食べ進める僕を、宥めるでもなく、急かすでもなく、真島は黙って横にいた。 「大丈夫か?」 「はい……恥ずかしいところを見せてしまって、すみませんでした」  やっとのことで牛丼を食べ終えた僕を乗せて、真島の車は再びマンションに向かっている。  母の死後も、保険金でなんとか通い続けられそうだった大学を、御主人様に出会って休学してしまった。  あの時は目の前の御主人様が世界のすべてだった。  支配されれば、余計なことを考えなくて良かったから幸せだった――はずだった。  自分が縋っていたものはこんなにも脆いものだったのか。三年間、一度たりとも持ったことのなかった疑問がここ数日でむくむくと膨れ上がっていた。
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