ダンプとカラス

17/48

263人が本棚に入れています
本棚に追加
/51ページ
 そんな穏やかな日々だったが、ひとつだけ困ったことがあった。夕方になると、体が疼くのだ。  驚くほど素早く新しい生活に慣れてしまった心と裏腹に、体の切り替えはそううまくいかないようだ。  いつでも御主人様を迎い入れられる様、毎日準備しておくのが日課だった。御主人様に抱く気があってもなくても、準備はしておかなければならない。  だが、そうやって思い返してみれば御主人様に抱かれたのが、いつだったか思い出せなかった。それほど長く、御主人様は僕には触れていなかった。  準備をしたことが無駄、などという思考を下僕が持ってはいけないから、いつの間にか変わってしまったその事態に気付かなかったけれど。  いや、気付かなかったのではない。気付かないふりをしていただけだ。  いつの日からか、僕をみつめても熱を持たなくなった御主人様の瞳。帰って来た御主人様から漂う、誰かの匂い。  それでも、受け入れる準備は続ける。御主人様は肉体的な折檻などを好む方ではなかったが、時折職場の誰かのことを話すときに見せるぞっとするような冷たい、蔑んだ瞳。  準備を怠り、それがばれた時にそんな目で見られることの方が、僕にとってひどい折檻などよりも恐ろしいことだった。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

263人が本棚に入れています
本棚に追加