ダンプとカラス

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 ◇◇◇ 「じゃあ、行ってくるな」 「はい、いってらっしゃい。真島さん、お気をつけて」 「クロもな。あんまり根詰めすぎんなよ。勉強も、バイトも、うちのことも、程々に手ぇ抜いていいんだからな」 「……はい」  朝の変わらない風景。相変わらずの心配性に苦笑してしまう。  出ていく後姿を、恋しく眺めながら見送った。  たったひとりきりの家族だった母に先立たれ、何もかもが意味をなさなくなった時、御主人様に出会った。  自分の大学の学生を休学させても平気だったのだから、まともな大人ではなかったのだと今ならわかる。だがその時は確かに救世主に見えたのだ。  それから真島に助けられ、クロという名前をもらうまで、ゆがんだ世界にいたことも、今では遠い記憶になってしまった。  木谷が在籍する大学に復学し、通っていることを心配しながらも、クロが決めたことならと反対はしない。そういう真島が好きだ。  玄関先でそんなことをぼんやりと考えていると、ガチャリと音がする。 「えっ? ……んんっ!」  急に戻ってきた真島に唇を奪われた。驚きと嬉しさで惚けている僕をぎゅうと抱きしめてくれる。 「ちくしょう、仕事行きたくねぇっ!」  笑いをこらえながら、黙って見上げていると、もう一度ちゅっとされ、キリがないから行くわ、と名残惜しそうにしながらも今度こそ本当に出ていった。  心がふんわりと温かい。  名残惜しいのは僕も同じだが、夜になればまた一緒にいられる。そしてそれはずっと続くのだ。  僕の幸せは、ここにある。   _END_
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