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僕には名前がない。
御主人様の下僕になるときに、捨てた。御主人様がもう、忘れなさいというからその通りにした。
「あっ、わりぃ。言いたくねぇなら言わなくていーぜ」
「そうではないんです。名前は、ありません」
真島は一瞬目を見開いたが、それ以上は何も聞いてこなかった。
部屋に居候させてほしいと頼むときに、御主人様のことは少し話した。真島はSMとかよくわかんねーなと、言っただけだった。
「僕のことは、おい、とかこら、とか呼んで頂ければすぐにお仕えします」
「お仕えしますって……俺アンタの御主人様じゃねえからなぁ」
僕の御主人様はおい、とかこら、とは言わなかった。御主人様のことはいつも気にしているから、目が合った時が呼ばれたときみたいなものだった。真島ならそういうのが合っているかなと思ったが、当の本人は困ったような顔をしている。
選択を間違った、と思うと胸の奥がすこし締まって苦しかった。
御主人様だったら、一瞬だけがっかりした表情を見せて、すぐに冷たい目で僕を見下げただろう。
だが、真島はしばらく考えていたと思うと、急に顔を輝かせた。
「そうだ! あだ名つければいーんだな。んー、あれだな。クロはどうだ?」
「クロ?」
「アンタ、黒目がちでまつ毛も髪も黒いのが印象的だったから。あっ、でも犬っころみたいでさすがに失礼か……悪い」
「クロ……いいです」
「えっ?」
「クロ、がいいです。そう呼んで下さい」
「そうか、じゃあクロ、せっかく作ってくれた飯が冷める前に、食っちまおうぜ」
「はい」
いただきます、と手を合わせて真島はチャーハンに口をつけた。
「うめーな、おい」
「よかったです」
「うちにあるモンで作ったとは思えないよ。すげーな」
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