それはそれは小さな恋心でした

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ああ、でも。 あいつがたった一度だけ、俺の目の前で泣いていたことがある。 俺の両親が事故で死んだ時。 飛び込んできた子供をよけるため急カーブをかけて、車もろともぺっちゃんこになった。 忘れもしない、中学二年生の誕生日前日のことだった。  葬儀を執り行われたのは薄暗い部屋で、二つの棺桶が寄り添うように隣り合わせで並べられていて。来る人来る人枯れるのではないかというくらいに涙を流し、黒い姿をひしめき合わせて嘆いていた。  全員が全員ボロボロみっともなく泣いていて、だけど俺だけはどうにも実感がわかずに、部屋の隅で呆然と突っ立つだけだった。  置いていかれた。  一人、ぼっち。  子供なんて、助けなければよかったのに。  そしたら、今日も笑顔で帰ってきて、一日早い誕生日プレゼントを俺にくれて、親父は俺をからかって、母さんが笑いながら好物のカレーを作ってくれて。  そんな平和な情景が、あったはずなのに。  俺を置いていかないで。  一人にしないで。  そんな赤の他人の子どもなんかよりも、俺を選んでほしかった。  そう、ひたすらに思った。  棺桶の前にいつの間にかやってきた制服姿の鈴木が、その大きく黒い瞳からぽろりと大粒の涙を流したのを見て、俺はぎょっとした。初めて見る泣き顔だったからだ。  その一粒を皮切りに、ぼろぼろぼろぼろとみっともなく滴をこぼしては黒いセーラー服に染みを作りながら、泣いた。  動揺した俺は、「痛いのか」「苦しいのか」とかなんとも間抜けな質問を投げかけ、一人あわあわと鈴木のそばでソワソワしていた。昔のように肩を抱くわけにもいかず、結局は頭をなでることに終わった。これでは全く立場が逆である。  鈴木は俺の学ランの端を握って、 『君が一人になっちゃうのがすごく淋しいの。そんな死にそうな顔で泣けない君が悲しいの。なんにもできない私が、悔しいの』  といってまた泣いた。  あほか、と一言つぶやいて、俺もぽろりと涙をこぼした。  そのあとは、声を上げて、年甲斐もなく抱き締めてくれる鈴木の肩に顔をうずめて泣き、果ては泣き疲れて二人共ども寝てしまった。その夜はずっと手を握っていてくれたのを、今でも覚えている。
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