それはそれは小さな恋心でした

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 ぐつぐつ、と煮なおした味噌汁が湯気を立てる。しょっぱい香りが鼻をくすぐった。  頃合いか、と火を止めて置手紙を見つめた。 『ご飯あっためてね!仕事お疲れ、ありがとうございました。』  そんな掠れたボールペンのインクで書かれた文字。その横に置かれた銀色の、俺の家の合鍵。  大分あったまったかと手をかざしてから木の椀に色の濃いみそ汁をよそい、速足でこたつへと向かった。 「さっむ…」  布団にもぐりこんで箸を持ち、誰もいない部屋で一人「いただきます」とつぶやく。  ズズッ……。  ……。 「しょっぺえ…」  舌を刺激する塩辛さはもはや芸術といっても過言ではないくらいにしょっぱかった。とても飲めたものではない。  でも、この塩辛いみそ汁を飲むのも最後だと思えば、なんだか無性においしく愛おしく感じた。  あんなに、しょっぱいまずいと騒いでいたくせに。 最後、だ。 明日、鈴木は結婚する。 五年間付き合ってきた男と、結ばれる。 こたつの上に無造作に置かれた、真っ白で清い招待状を手繰り寄せた。 ざらりとした感覚の真っ白なカード。 あの二人がくっつくように、随分と俺もあくせく働いたものだ。 というか、彼と鈴木が出会ったのも俺を介してのことだ。『一目ぼれだ!』と柄にもなく騒ぐ鈴木に根負けして紹介したのは今も覚えている。 デート用のコースを一緒に考えてやったり、すれ違う二人をさりげなくサポートしたり、背中を押してやったりと本当に尽力したのだ。やっとか、という印象が一番だった。 だからこそ、これで最後にしようといった。 結婚してもなお家に来ようとする彼女に、けじめの為に来るなといった。というか、人妻が男の家に侵入しようとするなというのが一番の意見だった。
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