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次の日の朝、尚人は道路の端に停めた車の中にいた。
そこから古い二階建ての木造アパートを見上げながら、ハンドルを握っていた。
あのあとのことは覚えていない。気がつくと、尚人は自分の部屋で小夜子の遺品が入った箱に囲まれて、ぼんやりと日記を眺めていた。
流し続けた涙が枯れてしまっていることに気づいたとき、尚人は思った。
あの事故はまだ終わってない……、懲役二年なんて軽すぎる、と。
木造アパートの部屋のドアが開いて、中から久保塚が出てくるのが見えた。
尚人はキーを回して、車のエンジンをかける。
久保塚は、ゆっくりとアパートの階段を下りてくる。
それを見ながら尚人はギアをドライブに入れ、パーキングブレーキを解除した。
道路に出た久保塚は一度大きく背伸びをしてから、尚人の乗った車のほうへ向かって歩き始めた。
そのとき、尚人の唇の両端が持ちあがった。
そしてその口元から、低い笑い声が漏れた。
久保塚の姿が車の正面に差しかかったとき、尚人は目を剥いて大声で叫んだ。
「久保塚あ!お前は死刑だああ!」
尚人は、思いきりアクセルを踏み込んだ。音を立てて急発進した車は、真っすぐに久保塚へ向かった。
まるで、獲物に向かう蜘蛛のようなスピードで……
『蜘蛛』──了
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