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小夜子は、まるで眠っているようだった。
耳もとで呼びかけたら瞼を開いて、いつもみたいに微笑むんじゃないだろうか……、そう思えるほど穏やかな顔で、霊安室に横たわっていた。
事故は今朝、小夜子が仕事へ向かう途中で起きた。
緩やかなカーブで、反対車線から飛び出してきた「赤いトラック」が、小夜子の運転する乗用車にぶつかった。
スピードの出しすぎでカーブを曲がり切れなかったトラックに衝突されて、小夜子の車は大破した。
──即死だった。
夫の羽柴尚人が事故の連絡を受けて駆けつけたときには、小夜子は冷たい部屋で全身を白い布に覆われていた。
それから長い時間、尚人は霊安室で呆然としたまま、動かない妻を眺めていた。
思い出していたのだ……
今朝、いつもと同じ時間に家を出た、小夜子のことを。
尚人は、先に仕事へ向かう妻を玄関先で見送った。それは二人が結婚してから半年の間、変わらぬ光景だった。
「尚くん、いってきます」
そう言って微笑んだ小夜子……
その笑顔を思い出した瞬間、尚人の目から溢れた涙が冷たい床に落ちた。
そして唇を震わせながら、声も出さずに泣いた。
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