第1章

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仕事を終え、同棲を始めた彼女の待つ自宅へと帰る。 階段を上ろうとすると、同じアパートの住人と出くわしたので会釈をした。 「おっと、」 手に持っていた箱を傾けそうになってしまう。 この中にはさっき閉店間際の店で買ったケーキが入っている。 運よく、彼女の好きなイチゴジャムをはさんで生クリームのたっぷり乗っているショートケーキが売れ残っていたので、お土産に買ってきたのだ。 少し安っぽい味のするこのケーキは、僕たちが出会った時の思い出の味。 大きくボリューム感のある上に味はそこそこ美味しい。 そんなケーキが周りの店よりだいぶ安いので、その店はいつも混んでいる。 いつも通りに混んでいるその店で、最後の1つになったショートケーキを譲り合ったのが、彼女との馴れ初めだ。 2人して互いにひかないものだから、結局次に並んでいた女の子に譲る事になったのだけれど、買えて嬉しいと笑顔の少女を見て微笑む彼女があまりに綺麗で、僕は一目惚れをしてしまったんだ。 自分の事より、他人の喜ぶさまを見て笑みを浮かべる彼女は、僕にとって女神か天使に見える。 そんな彼女を僕は昨日、怒らせてしまった。 よりにもよって同棲を始めた翌日だ。 普通は一番盛り上がり、楽しい時期じゃないのかと思うのだけれど、うっかり僕はやらかしてしまった。 彼女のプリンを食べてしまったのだ。 しかもそれは彼女の大好物であったらしく、ろくに口もきいてくれないときた。 近所のコンビニを回っても売っていないそれは、どうやら彼女の住んでいた近くのスーパーのオリジナル商品らしかった。 そのスーパーは僕が仕事帰りに向かっても、すでに閉店時間を迎えている。 プリンは週末にでも買いに行くとして、せめてもの償いとご機嫌取りに、このケーキを買ってきたという訳だ。 あのケーキ屋が遅くまで開けてくれている店でよかった。 いつもなら焼き菓子しか残っていないのに、目当てのケーキまで残っている幸運ぶりだ。 これでどうか、機嫌を直してくれないだろうか。 今週はまだ始まったばかりだから、プリンを返せるまでずっとこのままだと困るなあ。 そんな事を考えながら玄関のカギを開けた。
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