第1章

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 このループを引き起こすのは、強い後悔の念。だとすると、後悔がなくなったらループも終わる。だから僕はこの100回、ひたすらに後悔してきた。彼女との会話の内容、話し方、彼女の前での立ち居振る舞い。車中での改善点が見つけられなくなると、続けて僕は自分の人生を悔いた。なぜ女性に好感を持たれるように身体を鍛えて来なかったのか。なぜもっといいスーツを着てこなかったのか。普段から高い美容室に通って髪も格好つけておくべきだった。子供の頃、嫌いだった牛乳を母親の言うとおりに飲んでいれば、もっと身長も伸びていたかもしれない。牧さんが僕の顔をどうしても受け付けないというのなら、整形手術を受けておけばよかった。ありとあらゆることを悔やんだ。  牧さんに受け入れなければ永遠に続くかもしれないこのループ。さすがに嫌になってきた部分もある。拒絶される痛みに慣れるということはなかった。心の傷跡は確実に増えていた。  ここから抜け出す方法はとうにわかっていた。彼女をあきらめればいい。あきらめて、後悔しなければいい。けど、あきらめちゃいけない。僕は、会話を重ねるたびに彼女のことをますます好きになっていた。記憶の溜まらない彼女に対し、僕は一方的に親愛の情を深めていた。彼女が自分の運命の人だと、これ以上ないほど確信していた。  それでも、彼女は振り向いてくれない。  どうしたらいいのか。  まったく分からなかった。こんなとき、女性と付き合ったことがある男なら何かのアイデアが湧くのだろうか。自分の恋愛経験の無さを悔いた。 「間もなく品川、品川です。品川を出ますと、次は終点、東京です」  牧さんが、文庫を閉じてバッグに仕舞い、立ち上がった。  思考がループするうちに、貴重な時間が過ぎ去っていた。今回、僕はまだ牧さんに話しかけてさえいなかった。  今回のループを無駄にするのはもったいない。  新幹線が停まる。  僕はバッグを掴んで立ち上がり、急いで彼女の背中を追った。  新幹線を降り、ホームで彼女に追いついた。 「あの、すいません!」  僕の大声に、彼女が振り向く。  当たって砕けろ。  どうせ無駄になるループなら、何もしないよりはるかにいい。  完全にヤケクソだった。
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