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「永田宏治、34歳、身長174センチ、体重67キロ、血液型はB型。趣味は読書、特にクイーンとか、本格ミステリーが好きです! 野村商事に勤めています! 一目惚れしました! 僕と結婚してください!」
彼女が大きく目を見開いた。周囲を歩いていた人たちが足を止め、ざわざわしながら僕らを囲んだ。
「……え、と、あ、あの、ここじゃ、なんなんで、場所変えて、お話しましょうか」
牧さんが、下を向きながら言った。
「おお」と、野次馬たちから声にならない声が上がった。
「あ、そうですよね。ホームですもんね。すみません、あ、行きましょうか」
階段に向かって歩き出した牧さんの背中を追った。
後ろから、拍手が聞こえた。
階段を下り、彼女の横を並んで歩いた。
「近くの喫茶店とかで、いいですよね」
「はい、もちろんです。こちらが出しますから」
「当たり前ですよ、本当に」
険しい顔で言った後に、牧さんが笑い出した。
「あんな場所で初対面の相手にプロポーズとか、こんな常識ない人、初めて見ました」
「……すみません、あなたがタイプ過ぎて、常識どころじゃなかったんです」
「なにそれ」
牧さんが、吹き出した。
これは、うまく、いったのか?
新幹線を降りても、ループは起こらなかった。
僕はいま、彼女の隣を歩いている。
それからのことは、自分でも信じられなかった。
品川駅構内の喫茶店で、カレーを食べながら互いの自己紹介をし合った僕らは、大いに意気投合した。三桁のループの中で知った彼女についての知識を総動員して、僕は彼女との会話をリードした。好きな作家のこと。お薦め作品のこと。学歴、年収、仕事の内容、実家の家族構成、小学生の時に交通事故で死にかけたこと。自分のことは何でも話した。
話題になっているミステリー映画のことで盛り上がり、喫茶店を出た足でスーツ姿のまま映画館に向かった。期待通りの出来で、最後のどんでん返しの見事さに二人とも興奮した。
映画館近くの居酒屋に入り、映画の感想を言い合いながらアルコールを飲んだ。彼女は速いペースで飲むくせに、からきし酒が弱かった。タクシーで彼女をマンションまで送った。
自分の部屋に戻り、水を一杯飲むと彼女は途端に酔いが醒めたようだった。
「結婚しましょうか」
真剣な顔で、彼女は言った。
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