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その夜、僕は彼女を抱いた。初めての僕を、彼女は優しく導いてくれた。早く子供が欲しいと僕が言ったから、避妊はしなかった。彼女が初めてでないことは仕方ないと思った。34にもなって童貞の自分が異常なのだ。彼女に受け入れられて、僕は人生最大の喜びを覚えた。
そのまま、僕は彼女の部屋に住むようになった。二ヵ月後、彼女の妊娠が分かった。互いの両親に報告に行った。彼女は勤めていた紙パルプメーカーを退職することになった。すぐに結婚式を挙げた。仲人は、新幹線で優子の隣に座っていた谷沢部長に頼んだ。彼女は驚いたが、僕の102回に及ぶ一世一代の冒険の唯一の目撃者が彼だった。寝ている時間が多かったけれど。「品川で、牧さんを必死に追いかける永田くんの姿を見て、何事かと思いました」。谷沢部長のスピーチに、披露宴会場は大いに沸いた。
十ヵ月後、優子が出産した。2861グラムの、しわくちゃな女の子だった。二人で話し合って、美佳と名付けた。僕は父親になった。妻と子供が、これほど愛しいものだとは知らなかった。妻と娘のためなら死ねる。少しの誇張もなくそう思った。僕はもう、一人ではなかった。僕は、素晴らしい家庭を持った。翌年、都内に一戸建てを購入した。結構あった貯金の大半を頭金にあてたので、ローンは十年で返し終わる計算だった。必死で働いて家族のために稼ぎ、育児にも積極的に関わった。愛する妻とともに我が子を育てる。人生において、これほど素晴らしい経験はなかった。
あれ以来、ループは起こらなかった。童貞喪失で、魔法が失われたのかもしれない。ループはもう、必要なかった。優子と美佳と生きる人生に後悔なんてなかった。僕の人生の全ては、二人と出会うためのものだった。
「パパただいまー」
幼稚園の制服を着た美佳が、僕の胸に飛び込んでくる。
「美佳おかえりー」
5歳になった美佳を抱き上げると、さすがに腕に力が入った。
「重くなったなあ」
「まあね」
美佳が笑う。
僕は美佳を下ろし、乗ってきた幼稚園バスの方を向かせた。
「それじゃ、美佳ちゃん、バイバイ。また明日ね」
幼稚園の先生が、バスの中から手を振っていた。
「ありがとうございました」
僕は先生に頭を下げる。
「美佳ちゃん、バイバイ、明日も遊ぼうねえ」
「うん、さっちゃん、バイバイ」
美佳が友だちに手を振った。
美佳とともに我が家に入った。
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