第1章

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 僕が思っていた「1周目」は、始まりではなかったのだろう。  新幹線の車内で目覚めた時、僕はいつも泣いていた。今から6年後に明らかになる真実を知って、僕は後悔したのだ。強く強く後悔したのだ。その後悔が、ループを起こした。けれど1周目の時の僕は、なぜか優子の裏切りを忘れていた。その特異性の理由は、よくわからない。真実を、受け入れられていなかったのかもしれない。忘れたかったから、忘れたのかもしれない。なにも知らないままで、優子と美佳との幸せな時間を繰り返したかったのかもしれない。  あのループはそもそもは、優子を振り向かせるためのものじゃなかった。  優子を、あきらめるためのものだった。  優子に関わらずに、別の人生を生きていくためのものだった。  それなのに僕は、優子を求めた。なにも知らずに、なにも思い出さずに、優子を振り向かせることに必死になっていた。  僕が関わらなかったら、優子はこの後どうなるのだろう。谷沢との関係を続けるのだろうか。その関係はどこへ行き着くのだろうか。優子の妊娠を知った谷沢は、離婚して優子と再婚するだろうか。美佳は、本当の父親のもとで元気に育つのだろうか。  それとも、谷沢は優子に中絶を要求するだろうか。その時、優子はどうするだろう。シングルマザーになっても、美佳を生んでくれるだろうか。  いずれにせよ、僕はもう、美佳と会うことはない。会うことはできない。  声を掛けないまま、優子が新幹線を品川で降りたら、それきりだ。この広い東京で、二度と顔を合わせることなく生きていく。優子は、僕のことなどかけらも知らずに生きていく。  誰からも相手にされることのなかった生活が、もう一度始まる。  僕がいなくても、美佳は生まれるのだろうか。無事に育つのだろうか。美佳は幸せになれるだろうか。美佳は笑って毎日を過ごせるだろうか。  僕は、泣いていた。  身体の中の水分を使い切る勢いで、大量の涙が溢れ続けていた。  涙が、鼻水が、よだれが、顔を伝い落ちてスーツを濡らした。  人がこれだけの量の涙を流せることを、初めて知った。  嗚咽が、押さえられなかった。どうしようもなかった。  優子。  美佳。  僕の愛しい妻と、娘。  僕を騙した妻と、僕と血がつながっていなかった娘。 「悲しいことが、あったんですね」  濡れてぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
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