第1章

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 彼女は、今度はすぐに気付いて、こちらを向いてくれた。 「実はあの、わたし、あなたが、その、すごい美しくて、きれいで、それでお一目ぼれしてしまって、それで、出来たら、今度どこか、一緒に、いや、すごいいきなりで、失礼なのは、分かってるんですけど、怪しい者じゃなくて、あ、そうだ、名刺が」  僕は慌てて、スーツの内ポケットから名刺入れを出そうとした。 「ごめんなさい、今、いちおう、出張で、仕事中なんで、そういう、ナンパみたいなのはちょっと……」  彼女は、隣で眠る谷沢部長をちらりと見ながら、言った。 「……はは、そうですよね、仕事中ですよね、失礼ですよね」  自分でも何を言っているのか、よくわからなかった。  34年の人生で初めての、愛の告白だった。  告白を断られるのがどれほど辛いことか、僕は初めて知った。  自分という存在を完膚なきまでに否定された。  自分という男にはなんの価値もない。  そう、痛いほどに感した。  新幹線が横浜を過ぎ、谷沢部長が大あくびをして目を覚ます。 「谷沢部長、お疲れのようですね」 「これから家帰ってまたすぐディズニーランドとか、嫌になるよ」  牧さんとの先程のやり取りを思い出して、僕は自分のことが嫌になっていた。  早口、意味不明な内容。人生=彼女いない歴の34歳男にふさわしい、駄目な会話だった。 こんな男に、好感を持ってくれる女性がいるはずがないじゃないか。駄目すぎる。 「間もなく品川、品川です。品川を出ますと、次は終点、東京です」  牧さんが、文庫を閉じてバッグに仕舞い、立ち上がる。 「それじゃあ、お疲れ様でした」 「ああ、お疲れ、マキ。週明けまた」  もっとゆっくり、相手の目を見て話せばよかった。怪しい者じゃないと、先に名刺を渡したらよかったんじゃないか。本の話をした時、もっとうまく話題を広げられたんじゃないか。  牧さんが新幹線を降りる。  ホームに降りた牧さんの後姿を見つける。  新幹線が動き出して、牧さんの姿が視界から消える。  もっとうまくやれたんじゃないか。  全身を、後悔が包んだ。  3  目を覚ますと、頬が冷たかった。眼鏡を外し、垂れていた涙を慌てて拭った。  なにか怖い夢でも見ていたのかもしれない。 「あと5分ほどで名古屋、名古屋に到着します」  隣の大学生カップルが手を繋いでいた。  ふたたびの、名古屋だった。
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