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あの旅行のキャッチコピーは、ふたたびの奈良、だったか。
また繰り返されたということは、この現象は予知夢ではなく、ループ、なのだろう。
二度の経験から推測するに、ループを引き起こすきっかけは僕の強い後悔のように思われた。
彼女に声を掛けなかった。うまく会話できなかった。その強い後悔が、僕に再度のチャンスを与えてくれている。
「あ、ここみたいですよ」
牧さんと、谷沢部長がやってくる。
「失礼します」
谷沢部長が僕の前を抜けて窓側のA席に腰を下ろす。
「急だったけど、取れてよかったですね」
「3連休のアタマだからな」
新幹線が、名古屋を出て動き出す。
「それにしても、もうすぐ中学生になる男だってのにディズニーランドに行きたいとか勘弁してほしいよ」
「いいと思いますよ、別に。ディズニーリゾート嫌いな人なんていないでしょう」
牧さんはそっけなく応え、バッグの中から文庫本を取り出した。クイーンの名作の新訳版。
完全に同じだった。もう、間違いないと思った。
ループなんて現象まで起こして、この世界は僕と牧さんを結びつけるようとしてくれている。そう思うと、心強かった。
今度こそ。
谷沢部長が寝息をたて始めると、僕はすぐにバッグから本を出した。
「あ、奇遇ですね」
そう言いながら、僕は牧さんに文庫の表紙を見せる。さりげなく。焦らず、落ち着いて、余裕を持って。
「あ、本当だ。すごい偶然ですね」
「ミステリー好きなんですか?」
「はい。友だちからはマニアックっていわれます」
「あ、僕。怪しい者じゃなくて、こういう者です」
すっと名刺入れを取り出し、名刺を渡す。
『野村商事 課長補佐 永田宏治』
彼女は、おどおどしながら名刺を受け取った。
「……あ、すみません……永田、さん。あ、私は、牧、優子です。牧場のボクに、優しい子供」
彼女は僕の名刺を受け取りはしても、自分の名刺を出そうとはしなかった。急ぎすぎたかと思ったが、それでも、彼女は名前を教えてくれた。やっと知れた。嬉しかった。牧、優子。
「大阪に出張だったんです。あなたも、ですか?」
「……はい、名古屋に得意先があって、部長と一緒に……」
急ぎすぎたかとは思ったが、前回に比べればずっとうまく出来ていると思った。
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