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会話が途切れそうになるたびに、なんとかつないだ。好きなクイーン作品。ほかに好きなクミステリー作家のこと。読書中の彼女からすれば迷惑だったかもしれない。それでも、できるだけ多く会話をして、彼女に自分を印象付けたかった。彼女と少しでも多く会話がしたかった。彼女のことが知りたかった。
「間もなく新横浜、新横浜」
谷沢部長が目を覚ますまでに勝負を決めなければいけない。
「あの、実は私、あなたに、その、一目ぼれしてしまいました。よかったら今度、どこかでまたお会いできませんか?」
牧さんの目をしっかり見て、はっきりと、言った。
牧さんが大きく目を見開いて、それから下を向いた。
「……いま、いきなりそういうこと言われても、ちょっと……ごめんなさい」
彼女は黙ったまま、たまにこちらの様子をうかがいながら、文庫を読み始めた。
目の前が、文字通り真っ暗になった。
急ぎ過ぎたんだ。
大人ぶって、余裕があるような振りをして。それがよくなかったかもしれない。
もっとうまくやれたはずだ。ループなんて無茶苦茶な現象を引き起こしてまで、世界は僕に味方してくれている。
もっと、うまくやれたはずだ。
102
目を覚ますと、頬が冷たかった。眼鏡を外し、垂れていた涙を慌てて拭った。
運命の人と確信している女性に拒絶され続ける。これが悪夢でなくてなんであろうか。
「あと5分ほどで名古屋、名古屋に到着します」
ループが起きた回数は頑張って数えていたつもりだが、これだけ繰り返すとさすがに自信がなくなってきた。おそらくこれが、102回目の名古屋。
彼女に声を掛けられなかったのが最初の1回。その後、言い寄ること100回。ことごとくフラれ続けていた。完全にストーカーの気分だった。ループだから、彼女の方に記憶がないから、ストーカーにならないだけのこと。繰り返し言い寄り続ける僕は、ストーカーでなくてなんだろう。
この100回、牧さんは僕に自分の名刺さえくれなかった。後で連絡されてもいい、とさえ思ってもらえなかった。
隣に座っていた大学生カップルが降りて、牧さんと谷沢部長が隣に座ってくる。
何度もフラれ続けることが嫌になっても、僕は決してあきらめなかった。彼女と話すことは、彼女を見られることは、彼女に存在を認識されることは、いつだって嬉しかった。
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