第1章

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 吾輩は神である。名前はまだない。  もっとも、まだ、という言い方は正確ではない。眼下の虫けらどもは吾輩のことをアラーとか呼んでいるのかもしれないが、本当の名を奴らが知ることは絶対にないからだ。  目の前には吾輩が塵から創造した世界がある。現在、世界は夜の帳に覆われていて中の様子はよく分からない。手を触れる。小さく音を立てて世界が揺れた。地震だといって中では大騒ぎになったかもしれない。  それにしても、天地創造の苦労がどれほどのものであったかは如何とも表現しがたい。  六日間かけて、塵を集め、雨を降らせ、昼と夜を作り、生命を込めた。七日目はさすがに休ませてもらった。  以来、歴史は着実に進んでいる。そのすべてを観察し、記録するのが神たる吾輩の役目である。  歴史が進んだとはいえ、吾輩の世界はまだまだ原始的なものであり、そこには理性と言えるようなものは存在しない。社会体制としては王政が敷かれているが、王には民を守ろうという意思はまったくないようだ。民が身を粉にして働き、王はそれにおぶさってぬくぬくと生活している。民の側にも、自分たちが収奪されているという意識はない。知らぬが仏、とはよく言ったものだ。  夜の帳を剥ぎ取る。そこでは戦争が繰り広げられていた。これまでは小競り合いに留まっていた二国の諍いが全面戦争に発展していた。腹を刺され、仲間に運ばれるものがいる。毒を盛られ、倒れ苦しむものがいる。  戦況は、一方的だった。東側の大国が西側の小国に攻め入っている。小国は防戦さえままならない。国が荒らされていく。兵も民もなかった。女子供も容赦なく殺されていった。  小国の蓄えた富が略奪される。小国の王は肝心な時に何の役にも立たなかった。ただ自室で震えて何かを待っていた。実際にやってきたのは大国の兵で、王はその兵たちにあっさりと殺された。王の屍骸が運ばれていく。小国の民はそれを見て戦意を失った。大国の兵は抵抗しなくなった民を好都合とばかりに次々と殺していった。  嗚呼。声を出さずにはいられなかった。これが吾輩の創造した世界かと思うと情けなかった。恐ろしかった。腹立たしかった。  いっそのこと滅ぼしてやろうか。何度も考えたがどうにか思い止まった。吾輩は神である。神たる者そう簡単に世界に干渉してはならない。神の雷はそう簡単に落としていいものではない。
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