第1章

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 帳を上げると、大地に倒れるジョージの姿があった。ジョージはここ数日、急速に衰えていった。遂に、だった。  民がジョージの屍骸の周りに集まった。いつものように埋葬してやるのだろう。  だが、奴らはジョージを、解体し始めた。脚が、腹が、頭が、もがれる。聞こえるはずもないのに、引き千切られる音が吾輩の耳の奥に響く。赤黒い液体が飛び散る。  奴らはばらばらになったジョージを運び始めた。  なぜだ。  他の奴らは埋めてやっていたではないか。静かに眠らせてやっていたではないか。  なぜジョージだけ。食べ物には困っていないだろう。そんなにジョージが憎いか。そんなにぼくが憎いか。  吾輩は帳を下ろした。そして、雨を降らせた。この世界の一年分の雨を降らせた。雨を降らせた。  雨が世界を蝕む。雨が国を滅ぼす。雨が虫けらどもを飲み込む。  雨は止まない。雨は降り続ける。大地が崩れる。奴らの屍骸が雨に流される。  死ね。死ね。死ね。死んでしまえ。  王も。兵も。民も。  神の裁き。死ね。壊れろ。  吾輩は。吾輩は。ぼくは。  奴らが浮かぶ。  神の裁き。  滅び。  大洪水。  雨が降る。  雨に混じって吾輩の涙が世界に消える。  死ね。虫けらども。  死ね。  吾輩は。  ぼくは。  神なんだ。  変わり果てた世界に、屍骸だけが浮いていた。ジョージの遺体もこの中にあるはずだった。が、どれがそうなのか、分からない。死んでしまえばどれも変わらない。もうどうでもいい気もする。  黒々とした屍骸の山が世界を覆い尽くしている。  箱舟は、浮いていなかった。  高橋丈は涙を拭った。夏の日差しが窓から差し込んでいるというのに、短パンから伸びた足が鳥肌を立てている。右の脛には青痣がある。足元には軽くなったポットがある。その横に置いてある黒いランドセルを開く。ランドセルの背にはカッターで刻まれた幾筋もの白い線で幾何学模様が描かれている。中から原稿用紙の束と丸められた方眼紙を取り出す。  こんなものがあるからぼくはいじめられる。  担任の先生が、父さんと母さんが、校長先生が、ぼくをほめればほめるほど、隆たちはぼくをいじめる。ぼくはどうすればいいのだろう。ほめられないようにすればいいのか。  それなら、こんなものがあってはいけない。  丈は原稿用紙の束を引き裂く。市の教育委員会長賞を受賞した読書感想文を引き裂く。
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