0人が本棚に入れています
本棚に追加
帳を上げると、大地に倒れるジョージの姿があった。ジョージはここ数日、急速に衰えていった。遂に、だった。
民がジョージの屍骸の周りに集まった。いつものように埋葬してやるのだろう。
だが、奴らはジョージを、解体し始めた。脚が、腹が、頭が、もがれる。聞こえるはずもないのに、引き千切られる音が吾輩の耳の奥に響く。赤黒い液体が飛び散る。
奴らはばらばらになったジョージを運び始めた。
なぜだ。
他の奴らは埋めてやっていたではないか。静かに眠らせてやっていたではないか。
なぜジョージだけ。食べ物には困っていないだろう。そんなにジョージが憎いか。そんなにぼくが憎いか。
吾輩は帳を下ろした。そして、雨を降らせた。この世界の一年分の雨を降らせた。雨を降らせた。
雨が世界を蝕む。雨が国を滅ぼす。雨が虫けらどもを飲み込む。
雨は止まない。雨は降り続ける。大地が崩れる。奴らの屍骸が雨に流される。
死ね。死ね。死ね。死んでしまえ。
王も。兵も。民も。
神の裁き。死ね。壊れろ。
吾輩は。吾輩は。ぼくは。
奴らが浮かぶ。
神の裁き。
滅び。
大洪水。
雨が降る。
雨に混じって吾輩の涙が世界に消える。
死ね。虫けらども。
死ね。
吾輩は。
ぼくは。
神なんだ。
変わり果てた世界に、屍骸だけが浮いていた。ジョージの遺体もこの中にあるはずだった。が、どれがそうなのか、分からない。死んでしまえばどれも変わらない。もうどうでもいい気もする。
黒々とした屍骸の山が世界を覆い尽くしている。
箱舟は、浮いていなかった。
高橋丈は涙を拭った。夏の日差しが窓から差し込んでいるというのに、短パンから伸びた足が鳥肌を立てている。右の脛には青痣がある。足元には軽くなったポットがある。その横に置いてある黒いランドセルを開く。ランドセルの背にはカッターで刻まれた幾筋もの白い線で幾何学模様が描かれている。中から原稿用紙の束と丸められた方眼紙を取り出す。
こんなものがあるからぼくはいじめられる。
担任の先生が、父さんと母さんが、校長先生が、ぼくをほめればほめるほど、隆たちはぼくをいじめる。ぼくはどうすればいいのだろう。ほめられないようにすればいいのか。
それなら、こんなものがあってはいけない。
丈は原稿用紙の束を引き裂く。市の教育委員会長賞を受賞した読書感想文を引き裂く。
最初のコメントを投稿しよう!