第1章

5/6

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 厚さがあったせいで原稿用紙は上手く引き裂けず、端の方が汚く破ける。それでも何度も引き裂くと、原稿用紙は粉々になる。  丈は粉々になった原稿用紙を投げ捨て、方眼紙を掴む。両手でそれをぐしゃぐしゃに握り潰す。紙のつぶれる音が部屋に響く。再び方眼紙を広げ直し、端から少しずつ破いていく。県知事賞受賞の夏休みの自由研究を破く。アリの巣の観察を記録した方眼紙を破く。  短冊状になった紙が積み上げられる。  部屋が紙くずだらけになった。原稿用紙と方眼紙の残骸で足の踏み場もない。  丈は紙くずを払いのけ、透明なプラスティックの薄い箱を取り出した。箱の周囲は黒い紙で覆われている。母さんにデパートで買ってもらった昆虫の飼育ケースだ。  ケースを持って立ち上がると、それはずっしりと重かった。よろめくとケースの中がちゃぽんと揺れた。  丈はケースを抱えたまま家を出る。庭の、土とアリを集めた場所までどうにかケースを運ぶ。ケースを地面に置き、黒の覆い紙を取った。ケースの中は黒かった。底には泥になった土が溜まっている。巣など跡形もない。水がふたの近くまで来ている。水面にはアリの黒々とした屍骸が数え切れないほど浮いている。  もう、どうでもよかった。プラスティックケースのふたを外し、ケースを傾けた。水がケースから勢いよく流れ出る。微かに湯気が上る。一緒にアリの屍骸が流れ出る。水が流れる。ケースを持つ手が楽になっていく。足元の地面が水浸しになっている。地面は真っ黒でアリの屍骸はあまり目に入らない。  軽くなったケースを逆さにする。泥がボタッと音を立てて落ちる。残った泥がケースを滑り落ちる。  ケースを持ち直し、中を見る。泥が少しこびり付いていた。その中にアリの屍骸が一つあった。屍骸のアリには足が四本しかなかった。アリの足は六本だ。残りの二本はどこへ行ったのか。これはジョージなのだろうか。 生きている頃でも、ジョージがジョージと分かったのはいじめられていたからだ。いじめられていなければ、足を引き摺っていなければ、アリの区別など付くわけがない。ジョージは足が悪かったが、足がなかったわけではない。ジョージはばらばらになったのだ。  丈はケースを逆さにして上下に振った。泥が落ちる。アリの死体もどこかに消えた。  ぼくはもう、神じゃない。  ぼくはこっちの世界では、神じゃない。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加