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厚さがあったせいで原稿用紙は上手く引き裂けず、端の方が汚く破ける。それでも何度も引き裂くと、原稿用紙は粉々になる。
丈は粉々になった原稿用紙を投げ捨て、方眼紙を掴む。両手でそれをぐしゃぐしゃに握り潰す。紙のつぶれる音が部屋に響く。再び方眼紙を広げ直し、端から少しずつ破いていく。県知事賞受賞の夏休みの自由研究を破く。アリの巣の観察を記録した方眼紙を破く。
短冊状になった紙が積み上げられる。
部屋が紙くずだらけになった。原稿用紙と方眼紙の残骸で足の踏み場もない。
丈は紙くずを払いのけ、透明なプラスティックの薄い箱を取り出した。箱の周囲は黒い紙で覆われている。母さんにデパートで買ってもらった昆虫の飼育ケースだ。
ケースを持って立ち上がると、それはずっしりと重かった。よろめくとケースの中がちゃぽんと揺れた。
丈はケースを抱えたまま家を出る。庭の、土とアリを集めた場所までどうにかケースを運ぶ。ケースを地面に置き、黒の覆い紙を取った。ケースの中は黒かった。底には泥になった土が溜まっている。巣など跡形もない。水がふたの近くまで来ている。水面にはアリの黒々とした屍骸が数え切れないほど浮いている。
もう、どうでもよかった。プラスティックケースのふたを外し、ケースを傾けた。水がケースから勢いよく流れ出る。微かに湯気が上る。一緒にアリの屍骸が流れ出る。水が流れる。ケースを持つ手が楽になっていく。足元の地面が水浸しになっている。地面は真っ黒でアリの屍骸はあまり目に入らない。
軽くなったケースを逆さにする。泥がボタッと音を立てて落ちる。残った泥がケースを滑り落ちる。
ケースを持ち直し、中を見る。泥が少しこびり付いていた。その中にアリの屍骸が一つあった。屍骸のアリには足が四本しかなかった。アリの足は六本だ。残りの二本はどこへ行ったのか。これはジョージなのだろうか。
生きている頃でも、ジョージがジョージと分かったのはいじめられていたからだ。いじめられていなければ、足を引き摺っていなければ、アリの区別など付くわけがない。ジョージは足が悪かったが、足がなかったわけではない。ジョージはばらばらになったのだ。
丈はケースを逆さにして上下に振った。泥が落ちる。アリの死体もどこかに消えた。
ぼくはもう、神じゃない。
ぼくはこっちの世界では、神じゃない。
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