第1章

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「そうですね、此度のお役目につき、動き早い方がよかろうと存じますが、あいにくと、わたしは、まだ、折井先生の内弟子の扱いで、今でも、四條のお屋敷での住まいです」 「では、丁度、同心長屋に空きがある。そこに入ったらどうかと思っておるんやが」 「そのようなこと、お許し頂けるのでしょうか」 「何、私が、お奉行にお許しを頂きに参る。何といっても、賢太郎は、今までの医師とは違い、奉行所配下の医師と相成った。今までのように、町医者の兼業ではない、直配下である。同心長屋での住まいで、事が起きるとすぐさま出かけられることが要せられるのだ。よって、つなぎの近場など、急を要する時には、来て貰わねば、何のためのお役目なのか、全く成り立たない」 「はい、分かりました」 「急ぎでは、悪いのだが、早速にも住まいを移してくれ。いつ何時事が起こるとは、分からんのでな。で、今から、俺の子分の辰三に、引っ越しの手伝いをさせる。そのあと、同心長屋に来てくれ」  またたく間に、引っ越しだの、と言うことになった。奉行所での、引き合わせからあっと言う間に、いろいろな事が、賢太郎に覆い被さってきた。  風間同心の手配りにより、子分の辰三が荷車を用意してきた。それを用いて、賢太郎が四條の折井の家から荷物を引き出す。折井先生には、急なことではあったが、子細を話すと、快く賢太郎の引っ越しのことは許しが出た。何といっても、奉行所でのお役目を決めてきたのは、折井玄庵である。  一人者の引っ越しである。荷物の中身は、もっぱら書物であった。賢太郎は、まだまだ自身の研鑽のために、入り用な書物を手に入れ、何とか見聞を広めたいことが自身の希望であった。普段の着物とかは、お仕着せで間に合っていたから、衣服の類の荷物は少ない。また、家事道具も、独り身のため、少なかった。  長屋に移って、賢太郎が早速始めたのは、先に住まっている同心たちに挨拶をすることだった。しかし、肝心の同心たちは、今お役目中なので、本人は留守だった。そこで、留守を預かっている、主に奥様たちに挨拶した。奥様たちは、賢太郎の童顔に我が子のごとく心を移したのか、心よく引っ越しのねぎらいの言葉を言った。それを聞いてほっとした賢太郎だった。同心でもない我が身を受け入れてくれたと安堵した。
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