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西町奉行所で、皆に引き合わせられたあと、翌日、賢太郎は、皆の出仕の刻限に合わせ、奉行所に来ていた。賢太郎の恰好は、玄庵の弟子の姿、お仕着せを着ていた。奉行所の中では、その姿目立っていた。
そこへ、風間が出仕してきた。
「風間さん、ちょっとお願いがあるのですが」
「どうした」
「以前の、折井先生が検められたお調べ書きを、見たいのですが」
「何だ、そんなことか。
賢太郎は、この奉行所では、配下扱いになる。お調べ書きの部屋には、いつでも入れる。そこで、十分に、見ることができる。
何か調べたいことでもあるんか」
「はい、このわたし、まだまだ新参者です。先生の、お調べ書きを見まして、我が身の心得に致したく、参考にすべきかと存じまして」
「おお、さすが、折井先生のお弟子、何なりと調べてみよ。そこで、これからの成行きに何ぞの知恵が出れば、この後の行く末に大きな出来具合となろう。お奉行も否とは言われまい。好きにすればよかろう」
風間の言葉に、よかったと思い、賢太郎は、お調べ書きの部屋に入って、折井先生の書き残した文言に食いついた。
まず、記録の新しいものから、見てみた。つまり、玄庵がお役目を返上する直前に書き記したものである。
賢太郎は、感じ入った。『高齢だから』と言って、お役目を続けることに困難と感じていたであろう玄庵の記したものは、毛筋一本も書き逃すまいとする気迫が滲んでいた。そうして、賢太郎は、自身の〝覚え書き帳〟に、参考となると思われる事柄を、事細かに記し始めた。
気が付くと、刻限は夕刻になっていた。もうそんなに時が経っていたとはと、賢太郎は驚き、慌ててお調べ書きの部屋から飛び出した。
とそこへ、町廻りから戻って来た風間と出会った。
「おお、賢太郎、こんな刻限まで、調べ物をしていたのか。何と熱心なんか。その心得、これからの道筋に通じると思うた。しっかりやってくれ。
ところでな」
と、風間は、手にした包みを、賢太郎に渡した。
「これは、これからの賢太郎が身に着けるものとして、持参した。その、内弟子の恰好では、どうもな、と思うてのこと。何と言っても、奉行所の医師である賢太郎に相応しい恰好をして貰いたくて、急ぎ手に入れた。外廻りもあるやと思うてのことや。
羽織と、軽衫だ」
突然のことで、慌てまくった賢太郎、
「あの、その、……、ありがとうございます。で、お代は」
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