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「何の、構うことない。この西町の仲間としての、お祝いや。
明日から、着て来いよ」
「はい、ありがとうございます」
着物の包みを受け取って、賢太郎は、風間はじめとして、奉行所の皆が、自身の働きを期待していることに思いあたった。
翌日。風間が手配りした着物を身に着けて、賢太郎は、またお調べ書きの部屋にいた。玄庵の記した事柄をどんどん見るにつけ、玄庵の残した事の大きさに感じ入る賢太郎だった。
何日か経った。相変わらず、お調べ書きの部屋に賢太郎はいた。このお調べ書きは、賢太郎にとっては、宝の山に見えたのだった。それくらい、玄庵の書き記したことは、貴重だと、感じていた賢太郎だった。
「片瀬先生―、片瀬先生―!」
賢太郎を呼ぶ声。〝先生〟だなんて、何か似合わないなどと思ったのは一瞬。部屋に駆け込んできたのは、風間の子分の辰三であった。
「すぐ、すぐ、来て下さい。仏が出ましたんで」
「分かりました。今用意します」
言いざま、今まで記していた書面を片付けながら、自分の葛籠を取りに走り、辰三の後を追うようにして、奉行所を走り出た。葛籠には、いろんなものを入れている。細かい作業にあうように、特別に作らせたものだとか、鋭利な刃物、晒の類が入っている。
辰三が案内したのは、桂川に近い番屋だった。
「おお、賢太郎、済まぬが、この仏だ」
風間がいた。わざわざ呼び出すからには、子細ありと賢太郎はみた。
番屋に横たえられていたのは、女だった。
まず、賢太郎はその女の着物を見る。どうも町人、それも使い者らしい恰好だ。胸元を検める。紙入れだとか、巾着などの類が見当たらない。次、全身を見てみる。と、首に、絞められた跡が見える。
「風間さん、この人は、首を絞められています。ですが、絞められた跡が、弱い」
「では、絞められたことが、死に至った訳ではないということなんか」
「そうですね」
と言いながら、賢太郎は、女の頭をそうっと横向きにした。
「おお、頭の後ろから、殴りつけられたようです。まるで、頭の鉢を割るように、です」
「ならば、首の絞め跡は、何故なんや」
「分かりません。ですが、この人の息の音を止めたのは、頭を殴りつけられたからだと思います」
賢太郎の言うことである。風間も分からないことであった。
「風間さん、この人が見つかったという場所に、わたしを連れて行って貰えませんでしょうか」
「どうした」
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